さて、その生物は食物連鎖のトップというわけではなく、それどころか、体長は最大で6cmほどであると見積もられている。ここまでいって、諸君らが想像する生物、その生物が地球でもっとも成功した生物だろうと、多くの人が見当をつけるその生物もまた、見当違いであると宣言しておく。今回紹介する生物は意外にも聞いたことがない人がほとんどであると思う。生息域も狭くはないが、地球で一番にはふさわしくないほどつつましいものとなっている。
その生物の名は「ナンキョクオキアミ」だ。諸君らはバイオマスという指標をご存知だろうか?個体数*質量の値のことをバイオマスという。実はこのナンキョクオキアミは、バイオマスが地球で一番でかい。ということで今回、世界一の生物と呼ぶことにする。
ナンキョクオキアミは、オキアミ目に属する動物で、南極海周辺にのみ分布する。標識再補技術(ある固体にマーキングして、その固体の移動範囲を調べる技術)が、ナンキョクオキアミが小さいために確立されておらず、移動パターンはまだまだ判明していない。
ナンキョクオキアミは13-20日ごとに外骨格を脱ぎ捨て脱皮する。一般に脱皮というと成長するときというイメージがあるが、なんとこのナンキョクオキアミは、エサが少ないときには脱皮して小さくなることができる。もうこの辺ですでに熱い。なんという洗練されたDNAであろうか。ちなみに目のみは脱皮をしても小さくならないために、年齢はこの目のサイズを調べることで知ることができる。
ナンキョクオキアミの食べ物は植物プランクトンである。この植物プランクトン、同じサイズの高等生物は利用することができない。通常であれば動物プランクトンなどが摂食し、徐々に食物連鎖を上り詰めてこのサイズの目に留まる。しかしこのナンキョクオキアミは食べることができるのである。後に詳しく説明するが、南極海にはこの植物プランクトンのパラダイス的な環境が広がっており、ナンキョクオキアミが地上最大のバイオマスを形成する理由は、彼らが植物プランクトンを直接に食するという進化を遂げたためである。
食物連鎖の話で言えば、このナンキョクオキアミを捕食するのは、魚やイカといったサイズのものから、アザラシ、そして鯨にいたるまで実に多様だ。このサイズから鯨という巨大なサイズに一気に食物連鎖がジャンプするのも、ナンキョクオキアミが膨大なバイオマスを形成しているためだ。膨大な植物プランクトン、それによる膨大なナンキョクオキアミ、そして鯨。このような食物連鎖のジャンプがこの海域で確認できるという点でも、神秘的な熱さを感じざるを得ない。
経済的なはなしに置き換えれば、いわゆるロングテールの話しと同様であって、膨大な個々の塊を束ねてしまえば、直接その上に大きなビジネスが直結するというまさにそのものが、生物界においては太古より行われてきたわけなのである。
wikipediaから引用する。「全世界の水産資源のうち、魚類、貝類、甲殻類、頭足類、プランクトンなどの合計量は、年間約1億トンであるのに対し、ナンキョクオキアミ単独の年間生産量は1億3000万トンから数億トンと見積もられている。」この圧倒的なバイオマスを想像することができるだろうか。
さて、話は植物プランクトンへと移る。実はこの南極海は、太陽エネルギーが生物のバイオマスに変換される率(光合成が行われている密度)が、地球上でトップクラスに高い。他にはアマゾンの流域など、栄養の豊富な地域が上げられるが、南極海のすごいところはその面積で、他の地域と比較にならないほど広大となっている。なぜ何もない南極海で、熱帯雨林と同程度の生産性があるのかといえば、南極大陸の沿岸で深海域から沸きあがる海流は、世界中の海を渡って南極海へたどり着いたもので、しかも深海であるため豊富な栄養塩を含んだまま、南極海まで運ばれている。いうなれば地球という池の、池さらいをした栄養素が南極海に集まっているということだ。(池さらいをした泥は、栄養が豊富なため堆肥として用いられる)このダイナミズムは熱い。
この栄養豊富な水と、氷、長い日照時間が植物プランクトンのパラダイスを築いている。
ここからは仮説に移ることにする。
膨大なバイオマスで、植物プランクトンを食料としているが、我々が糞尿をするのと同じく、このナンキョクオキアミも食べかすを巻き散らかす。それは植物プランクトンによって作られた炭素などであるが、炭素は重く、糞として出された後海中へと沈んでいく。ナンキョクオキアミの個体数からみて膨大な炭素を南極海へ沈めているはずだ。この膨大な炭素は海底につもり、やがて海の圧力によって海底深くのさらに奥、地底へとしみこむことになるのではないかと思う。そう、ナンキョクオキアミの長い長い年月をかけた活動により、石炭、そして石油が作られているというわけだ。